大うつ病患者の死後脳を解析することで何がわかるか?

 大うつ病は、抑うつ気分、興味・喜びの消失、食欲減退、睡眠障害、無価値観、決断困難、希死念慮、自殺企図などを症状とする疾患で、統合失調症や双極性障害と並んで古くから研究されている精神疾患の一つです。日本の生涯罹患率は7%と報告されており、自殺者の約半数はうつ病を伴っているという報告もあることから、大うつ病の病態解明は、健全な社会を目指す上で重要な事項であると言えます。

 脳画像研究(MRIなど)において、大うつ病患者の脳内では、作業記憶に関与する背外側前頭前野、情動・意思決定に関与する眼窩前頭前野、恐れ・快/不快に関与する扁桃体、記憶・ストレスに関与する海馬などで脳の委縮や脳血流の低下などが報告されています。しかし実際、大うつ病患者の死後脳の解析では、神経変性疾患などに見られる、タンパク質の凝集蓄積や、神経細胞の消失のような明らかな異常は見られず、患者の脳内で、どのような異常が起こっているのかということについては、よくわかっていません。

 より詳細な解析を行うにあたり、これまでの組織切片を作製し、顕微鏡下で細胞を観察するという方法では、解析に要する手間や時間がかかることから、我々は、より簡便で、大量のサンプルを短時間で解析するための脳細胞定量法の確立を行いました(図)。さらに、その方法を用いて、大うつ病患者死後脳の前頭極および下方側頭葉灰白質の細胞数異常について調査しました。

FACS

                    大うつ病患者の死後脳は、スタンレー脳バンクより提供を受  
                 けました。患者および家族のインフォームドコンセントを得て、  
                 死後にご提供いただいたものです。


大うつ病は前頭葉オリゴデンドロサイトの異常か?

 解析の結果、大うつ病患者の下方側頭葉では脳細胞数に異常は見られなかったものの、前頭極においてオリゴデンドロサイトの細胞数減少が見られました(図)。オリゴデンドロサイトは神経軸索にミエリンを形成する脳細胞の一種です。また、前頭極は前頭前野の一部で、背外側前頭前野や眼窩前頭前野の機能をサポートする脳部位と考えられています。このことから、前頭極における、脳部位特異的オリゴデンドロサイトの異常が、大うつ病の病態と関係している可能性があると考えています。

 一方で近年、大うつ病の病態解明を目指して、げっ歯類を用いた解析が多く行われるようになってきました。しかし前頭前野は、ヒトなどの高等な動物において発達している脳部位であり、マウスを用いた解析では、精神疾患の全容を明らかにすることは非常に困難であると考えられます。滋賀医科大学は、大規模カニクイザルコロニーを持つという特色ある大学です。その環境を最大限に活かし、現在ヒト死後脳で見られた異常と精神疾患の関連性について、高次脳機能をもつカニクイザルを用いた解析を行っています。今後の研究により、大うつ病の病態解明に貢献できればと考えています。

 以前に私たちが行ったストレスモデルの研究は、そもそも慢性ストレスがうつ病モデルになり得るのか、という根源的な弱点を抱えていました。今回の薬物の副作用によるうつ病モデルは、その弱点を克服するのみならず、インターフェロンα投与によって霊長類でうつ病モデルを作製することが可能なことを示唆します。

 本研究は、特任助教の林 義剛が東京都医学総合研究所・うつ病プロジェクトで楯林義孝先生のご指導の下で行ったもので、Molecular Psychiatryに報告しました。

研究プロジェクト

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発表論文の解説

DNAの脱メチル化機構

Bre1aによるヒストン修飾

未分化神経幹細胞誘導機構

神経幹細胞の維持・分化

神経幹細胞の運命追跡

オリゴデンドロサイト分化

ストレスと神経幹細胞

成体脳神経幹細胞と情動

糖鎖と幹細胞機能

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